自閉症・発達障がいの「いま」を伝えるオンラインマガジン

自閉症・発達障害に関するイベント情報

セミナー・講演会

注目のセミナーや講習会の参加レポートをお届けします。

セミナー・講演会

「障害児者の地域支援~暮らしやすい社会をめざして」野澤和弘氏 (筑波大学付属久里浜特別支援学校)

2012年12月17日

12月の土曜日、筑波大学付属久里浜特別支援学校の公開セミナーに参加した。
朝7時に横浜の自宅を出て電車に揺られ久里浜へ、そこからバスで終点まで。野比海岸のすぐ目の前に学校はあった。海風が強く吹き飛ばされそうになりながら、高台の学校へ着く。

野澤和弘氏

野澤和弘氏

 
今日の講演は、毎日新聞社 論説委員の野澤和弘氏。
障害者の権利について多くの活動をされている野澤氏は、ご自身も自閉症の息子さんを持つ保護者として数々の実体験をお持ちだ。(著書「あの夜、君が泣いたわけ」中央法規出版)講演のテーマは「障害児者の地域支援~暮らしやすい社会をめざして」。多くのセミナーが医学・教育の分野に集中するなか、現職のジャーナリストによる視点は新鮮で、その広い社会的視野とデーターの裏付けに基づいた話は、ぐいぐい引き込まれた。

 

 

 ~高齢化日本
高齢化年齢構造スライド

かつて日本の支援は ”家庭中心” であったが、地方から都市部に急激に進む高齢化・人口減少による少子化子化が進み、家族も大家族から核家族、孤家族・個家族に変わってきた。

 

高齢者7人のスライド

プラチナ世代の著名人

しかしながら、昔と比べて今の高齢者はシルバーならぬ元気なプラチナ世代。
サザエさんの浪平さんは54歳というのに、”今の高齢者はこんなに若い”と、
有名人の写真を見せて会場を笑わせてくれた。

経験や才能ある高齢者が、お金や地位に関わらず自分達の好きなことをする。
そうしたことが成熟した社会を作っていくのではないか。年金制度とのミスマッチはあるものの、高齢化を批判すると必要はない。

 

 ~社会福祉基礎構造改革
こうした社会構造の変化により、福祉は措置から支援に、憲法25条の ”健康で文化的な最低限度の生活を営む権利” から
13条の ”生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利” へと変わり、自分で好きなサービスを”選択できる”、”契約”となった。
しかし、選択肢があるということは、自由なようでいて責任が伴う。情報収集や判断能力、交渉術などが必要だ。
それがない知的障害や認知症の人はどうすればよいのか。障害者の権利擁護制度や虐待防止法などの法律が施行されて行く過程で
様々な事件が起こるが、その全容はなかなか判らなかったのだ。

~地域での生活と事件
事件における障害者について報道されない事実を、”名古屋中学生5000万円恐喝事件”などを例に語ってくれた。
個人のプライバシー配慮とそうした人が被害に遭いやすいということを社会に問題提起できない辛さにとの狭間で
随分悩まれたことだろうと思う。しかし悩みながらも野澤氏は進む。イリノイ州での警察研修をきっかけに、
地道な活動で警察プロジェクトを推進し、「知的障害のある人を理解するために」という警察官向けのハンドブックを
全国の警察本部および警察署の全ての部署・交番・駐在所などに27,000部を配布し、セーフティネットワークをつくっているという。知的障害のみならず、アスペルガーなどの特徴を警官が知ることにより、捜査で見逃されがちなこと、誤解されることが
少しでも無くなることが期待できる。このときの警察庁幹部との逸話には両氏の深い縁を感じずにはいられない。

~イメージの転換

映画のスライド

マスコミ的視点からは、障害を扱った映画やドラマを挙げ、こうしたメディアによって障害者に対するイメージが柔らかくなってきたと紹介した。写真は映画「レインマン」、「ギルバート・ブレイク」、「フォレスト・ガンプ/一期一会」、「アイ・アム・サム」の
スクリーンショットである。なるほど、確かに自閉症をよく知らない人に語る時「レインマン」の話をすると手っ取り早い。
日本のテレビドラマでは、「裸の大将 放浪記」、「天使が消えた街」、「聖者の行進」、「未成年」、「 ピュア」、
「君が教えてくえたこと」、「僕の生きる道」、「だいすき」(野澤氏が脚本監修)が紹介された。
筆者の余談ではあるが、「テンプル・グランディン~自閉症とともに」もなかなか良かった。普通の人とは違ったモノの見方や感じ方が大変興味深かったし、こうした感覚こそが、世の中のイノベーションを起こすのだと納得させられる。

”障害観”についても、かわいそう・役に立たない・隔離収容型福祉・授産といった”途上国モデル”から、多様性・ありのままの存在・
希少な才能・地域生活・就労といった”成熟した先進国モデル”に転換しつつあると言う。 

 ~これからの社会と障害者
愛媛県愛南町における地域づくりと障害者就労支援、食品トレーの株式会社エフピコを例に企業の知的障害者雇用促進、
オランダに見られるワークシェアリングや新しい社会保障のしくみについても紹介しながら、
本当の意味での支援について考えさせてくれた。
    「我々はグローバリゼーションといって色々なものを削ぎ落としてきた。
     なんだか大事な物まで削ぎ落としてきてしまった気がする。彼らはそれを教えてくれる。」
という積極的に障害者雇用をしている会社社長の言葉は成熟した社会のモデルとなる価値観が隠れているという。
その人に合った環境の中で、人から感謝されること、自己肯定感を持つことは、障害者も高齢者も同じなのだ。

最後に、特異な才能を活かしたアーティストやアメリカ社会におけるイノベータやAutism Speaksのメディア戦略を紹介し、
発達障害の彼らが社会を活性化する可能性を示唆して終わった。

校長先生半身

宍戸校長先生

「数字や事実を元に、雇用や福祉など社会における障害者という視点で語ってくれた」という
校長先生のご挨拶にあったように、ジャーナリストとして様々な事件に直面し、多くの支援者と
関わっている野澤氏の講演は大変面白かった。
都内で開催されたなら満員御礼だったに違いない。

バスの時間が一時間に1、2本というアクセスのお陰か、この後、特別支援学校見学があった。
一学年一学級6人の生徒に教師が3名という恵まれた環境の中で、大変きめ細やかな教育が行われている様子が伺える教室内を見せていただけた。

 

 

 

~おわりに
韓国の自閉症スペクトラムが38人に1人という統計があるそうだ。
”発達障害が増加している”という統計が出ると、それは認知が普及したからだとか、診断を受ける人が増えたためだとか、
単に人口が増えたからだとか、診断基準の範囲が広がっているからだとか。
極論では、製薬会社の陰謀だ。発達障害は作られた病気なのだ。という異論を耳にする。
実際、統計的には突っ込みどころがあり過ぎるとは思う。
しかし資本主義が行き詰まりを迎えつつある今、いつまでもそこに安住しようとする普通と言われる人が、
増えつつある発達障害の人達と暮らしやすい社会を一緒に築いていくことが、これからの社会のあり方を変える大きなヒントであるという思いを一層感じた筆者であった。

 

文・写真 高田敦子