自閉症・発達障がいの「いま」を伝えるオンラインマガジン

自閉症・発達障害に関するイベント情報

セミナー・講演会

注目のセミナーや講習会の参加レポートをお届けします。

セミナー・講演会

NHKハートフォーラム 発達障害者の就労~今できること(NHK厚生文化事業団)

2013年3月1日

NHKハートフォーラム 発達障害者の就労~今できること

主催: NHK横浜放送局、NHK厚生文化事業団神奈川LD等発達障害児・者親の会にじの会
後援: 横浜市こども青少年局、一般社団法人日本発達障害ネットワーク、社団法人日本自閉症協会

 
 寒さがぶり返した2月の昼下がり、横浜市鶴見区民文化センターで、
NHKハートフォーラム「発達障害者の就労~今できること」が開催された。
ホールには年齢も性別も様々な600人ほどの人が集まり、土曜日のせいか、親子連れの姿も沢山見受けられた。
ホールは、二階の両サイド席までもが埋まるほどの盛況ぶり。 社会的な関心の深さが見て取れた。

 フォーラムは、二部構成。 第一部は発達障害者の就労支援の第一人者でいらっしゃる宇都宮大学の梅永 雄二教授と
障害者就労支援会社代表の石井 京子さんのお二人が解説する発達障害者の就労の現状について。 
第二部は、現在は勤続3年目という発達障害当事者ご本人と家族、上司を交えた就労事例紹介であった。
当事者である上野 康一さんとお母様の上野 景子さんが、まだ発達障害がそれほど周知されていない頃に、
どのような生きづらさを抱え、どう向き合い、どう克服して就労まで行き着いたか、その道のりを語ってくれた。
さらには、康一さんの上司である桑原 敏勝さんが、企業として発達障害を持つ人を初めて採用し、
どのように取り組まれてきたかを紹介した。 
 どちらも「福祉」をテーマに活躍されている町永 俊雄キャスターが司会進行役として、
登壇者の皆さんの話を要所要所でまとめながら、巧みに聴衆の知りたいことを聞き出してくれた。 

 講演は、なかなか聞く機会が少ないという梅永先生の話や企業の方からの情報を得られたばかりではなく、
プロのキャスターの突っ込みやお母さんの話に、絶妙な切り返しをする康一さんに大いに笑いを誘われる
あっという間の3時間であった。
 
LD・高機能自閉症と診断され、一時は不登校や思春期の二次障害を抱えた康一さんが、
ご両親の決して絶えることのないサポートを得ながら、自ら成長し現在では自信に満ち溢れて仕事に取り組んでいる様子を目のあたりにして、元気と勇気と希望をもらった当事者やご家族も多かったのではないか。 

町永 俊雄 キャスター

 
冒頭で町永キャスターも語られたように、
   “発達障害者の就労は発達障害だけの問題ではなく、
         閉塞感や息苦しさを抱えた社会の中で
      我々が何を取り戻すべきかを考える問題に繋がる。” 

大企業の大量解雇や震災、原発事故、環境問題など重苦しい困難な社会が
これから変貌していくためには、この発達障害の問題を通して、
多様な人々が自分らしさを活かして共存するにはどう取り組めば良いかを解くことが、
一つの鍵ではないだろうか。

登壇者の皆さんは次の通りである。(敬称略)
<第一部 発達障害の就労の現状>
   梅永 雄二 (宇都宮大学教育学部教授)
   石井 京子 (株式会社 テスコ・プレミアムサーチ代表)

<第二部 就労現場の実際と工夫>
   上野 康一 (株式会社住友重機械マリンエンジニアリング、発達障害当事者)
   上野 景子 (高機能自閉症理解推進グループ のびのび会 会長、康一さんの母)
   桑原 敏勝 (株式会社住友重機械マリンエンジニアリング人事課主事、康一さんの元上司)
   梅永 雄二 (宇都宮大学教育学部教授)
   石井 京子 (株式会社 テスコ・プレミアムサーチ代表)

司会:町永 俊雄 (フリーキャスター)

--------------------------------------------------
<第一部 発達障害の就労の現状>

梅永 雄二 教授

 
まず冒頭で梅永教授が、まず大前提として、発達障害といってもLD、
アスペルガーADHDによって、その適性・能力は違うし、その家族構成や環境なども個々によって違うため、就労支援の仕方もそれぞれ違う。
ここで話すことは、誰にでも当てはまるものではないということで聞いて欲しい。ということで第一部が始まった。

 


就労の現状

 定型発達者に比較すると、発達障害の人は経験不足のためか、仕事についての情報を把握している人が少なく、
仕事と自分の能力とのマッチングが適切でないケースが多い。 
逆に仕事がマッチしている場合は、人に評価されて、褒められたり必要とされることにより、
自尊感情が高まり、学校は嫌だったが仕事は好きで上手くいっているケースも多い。

 まだまだ発達障害に詳しい企業は少なく、障害者の雇用ということでは身体・知的障害が多い。
身体障害や知的障害は対応がわかり易いが、発達障害は対応が様々で、わかりにくいという企業が多かった。
しかし、発達障害の真面目さ・集中力の高さ・作業の正確さなどが注目され、
ここ1、2年は採用も進んできており、一部の企業では、5人、10人の単位での雇用、正社員としての採用も増えている。

 今年4月から障害者雇用率が1.8%から2.0%に引き上げられることで、
求人数は大変増えているが、求められる採用基準は変わっていない。
期待値の高まる雇用される側と企業の間では若干の乖離がみられる。

 
企業が求める人材

企業が求める人材は、下記のように発達障害に関係なく一般的なことのように思われるが、
発達障害者には、実際、雇いたくない人にあるような人も多く、本人が気付かない、無頓着であることがある。
これは、本人の問題というよりも、支援の仕方によって随分違ってくること。
当たり前のことをどう支援して、どう取り組んでいくかが求められる。

企業が雇いたい人
      ・ モチベーションが高い人
      ・ 仕事のできる人(どんな仕事がどれだけできるか)
      ・ ライフスキルや基本的生活スキルが確立されている人
     (遅刻しない、休まない、清潔な服装、マナーなど)

企業が雇いたくない人
   ・ 不潔な人
   ・ 給与や地位など要求が高い人
   ・ 休みや遅刻が多い人

 
就職までの道のり

石井 京子氏

障害理解                     ~高学歴で就職した後に気付くケースもある。
一般枠/障害者枠の選択   ~配慮を必要とする場合は障害者枠選択もある。
                                      就職し易さよりも定着し易さに結びつく。
                                      就職した後で気付き相談に来るケースも多い。
自分に適した職業選択      ~営業、接客などあまり適さない職種がある。
就職活動の開始 
履歴書・自己紹介文の作成 ~発達障害は自己アピールが苦手である。
面接                           ~面接官の意図に気付かないことが多々あるた
                                       め、トレーニングを重ねる。

 
発達障害に向いている職業

 対人関係の苦手なアスペルガーやLD、ADHDでは、向き不向きは異なるが、次の職業などは比較的向いていると言われる。
  ・ プログラマー、エンジニア、
  ・ 製造ライン、在庫管理、清掃、
  ・ 定型業務(データ入力、ファイリング)、経理
 向いていないのは、顧客の要望を掴むのが難しいため、営業、接客など。

 

就職活動を成功させるために

 まずは多くの職種があることを知ること。そして、得意なことを見つけることが大切。
特に新卒は仕事のイメージが掴みにくいため、アルバイト・企業見学を通して、仕事のイメージを感じ取ること。

 そして、一人で悩まず色々な支援機関・支援者に相談すること。
一人で得られる情報は限られるため、人の意見も取り入れることも大事である。地域情報や障害者雇用についての情報を取り入れたり、「高齢・障害・求職者雇用支援機構」により、雇用改善をした企業が表彰される制度があるので、調べてみると良い。

 また、発達障害は並行して物事を行うことが苦手なため、単位不足や卒論遅れなどにならないよう、就職活動に専念できるようにすることも大事。就職活動のスケジュールも予め把握しておくこと。

 

定着の困難さ

 主な退職理由は、仕事そのものができないというハードスキルよりもソフトスキルが多い。
ある統計では、退職原因の80%はソフトスキルに関連すると言われている。
企業理解がないと定着はできない。

   ・ ハードスキル ~就労において作業そのものに関するスキル
   ・ ソフトスキル ~就労において作業そのものに関連しないスキル

退職理由の多くは、ソフトスキルである。

   ・ 対人関係 ~企業側の理解不足で、人格のせいにされてしまうことがある。
   ・ 見えない発達障害 ~身体/知的障害と違って周りにわからない。“なんだあいつは!”
   ・ マッチングの失敗 ~ディスレクシアやディスカリキュアによるミス
   ・ 人間関係 ~日本企業は仲間作りを重視。休み時間の過ごし方など苦痛になることも。
   ・ 体力と気力不足 ~気を遣う分、体力も消耗する。疲れやすい。過敏症。

 

定着のためのスキルとは

 ハードスキルよりもソフトスキルが重要である。(ノースカロライナ大学 TEACCH)
まだ明確な定義はないが、ソフトスキルには、ソーシャルスキルとライフスキルがあると言われている。

   ・ ソーシャルスキル ~対人関係、場の空気を読むなど。
   ・ ライフスキル ~自己共感、問題解決など

 

ライフスキルをどう身につけるか

 ライフスキルは子育てや学校教育でかなりを身につけることができるが、
学校はアカデミックスキルに偏りがち。
対人関係が苦手な自閉症スペクトラムの人にとっては、ソーシャルスキルは苦痛。
脊髄損傷の人に立って歩けというようなもので、学習で身につけるには限界がある。
対人関係に絞ってトレーニングするというのは、自閉症スペクトラムの人に限って言うと
かえってしない方が良いのではないか。それよりも、周囲の人が彼らは対人関係が苦手であるということを理解して、
彼らが大人になって幸せになれるように支援する方が理にかなっているのではないか。
より実践的に、衣服の着脱、清潔感を保つ、自分で移動するなどのライフスキルを身につける方が良いのではないか。

 ライフスキルというのはその人の環境によって違ってくる。
たとえば、移動スキル。地方によっては車の移動が必須で、栃木では発達障害に特化した自動車教習所を作ったことがある。

その人の環境によって具体的に求められるスキル、問題となるスキルに取り組んで支援することが大事。

たとえば、鎌倉に本社を置く富士ソフト企画株式会社(特例雇用者)では、発達障害者を雇用してまだ日は浅いが、
これまで退職した人はいないという。それはライフスキルということに非常に重点を置いて支援をしているから。 

   ・ 本人と環境との相互作用で具体的に支援して自分でできるように支援する。
   ・ できること、支援を受けていいことの区別をつける。
   ・ 優先順位を明確にする。
   ・ 時間の構造化。作業スケジュールを明確にする。
   ・ 何がわからないかが、わからない。 これには支援者の理解が必要。

  
 自立というのは、だれにも頼らずに生きることではない。できないことは人に頼ってもいい。
自分だけで解決できなくてもよいのだという認識が必要。
本人だけを変えようとするのではなく、周りの人や支援者も変わっていくことで、幸せな生活ができるようになるはず。
当事者が相談できること、支援ができることが必要。

 利用できる支援について

 <発達障害に関する手帳>

 手帳があると障害者枠での雇用が可能になる。

   ・ 療育手帳(知的障害のある人)
   ・ 精神障害者保健福祉手帳(精神障害者、知的遅れのない発達障害者)

<窓口>
   ・ ハローワーク 障害者コーナー
   ・ 障害者職業センター
   ・ 発達障害就職支援センター

<制度>
   ・ トライアル雇用(3カ月)
   ・ ジョブコーチ
   ・ 職業訓練(月職業訓練校や企業における最大3カ月の訓練)
   ・ 現場実習
   ・ 就職チューター(ナビゲーター)
   ・ 発達障害者雇用開発助成金

 

 <第二部 就労現場の実際と工夫>

 造船所で機械修理に従事する上野康一さんは、勤務歴三年目。小学校一年生の時に発達障害と診断された。
(当初はLD、のちに高機能自閉症) 子どもの頃から教室でじっと座っていられない、落ち着きがない、
感情を抑えられないなど、授業を妨害する困った子と言われていた。
何度相談を重ねても ”親のしつけが悪いと” 地域や学校から責められていた景子さんは、
その診断を聞き、「誰が育てても、康一君はこうなったのですよ」と言われて、正直ホッとしたそうだ。 
 病気というならば「何か克服する道があるのかもしれない…」という明るい兆しを感じて、希望を抱くが、
“LD”と言えばLiving Diningの時代だった当時は、まだ発達障害というものが、教師にすら認識されておらず
それを学校に告げても理解を得られることはなかったという。 

 

上野 景子さん

周囲にからかわれ、自分を上手く表現できずに感情的になり、つい先に手を出してしまう康一さんのことを、いくら解ってもらおうとしても話が食い違うだけ。しつけの問題だと頭から撥ねつけられた。
元々小学校教諭だあった景子さんは、行政や小児精神科医などあらゆるところに相談し、そこでは理解は得られたが、学校での対応は変わらなかった。
そこで、康一さんは学校を変わり、転校先の先生の理解もあって、小学校は無事卒業することができた。しかし、中学では勉強がついて行けなくなったこともあり、だんだんと不登校になってしまった。

 

今では「懐かしい…」と語れる康一さんの小学校や中学校の時の様子が、VTRで紹介された。
NHK教育テレビ『にんげんゆうゆう』~「変わった子」と言わないで という番組で取り上げられた映像である。
大好きなマウンテンバイクで走り回る中学生の康一さんは、「なぜ学校へ行かないのか?」という問いに、
「く・だ・ら・な・い・から」と独特の口調で答えている。

 発達障害と思春期と不登校の三つが重なり大変だったというこの頃の話は、景子さんの著書をお読みになると
詳しいことが書いてあるのではないだろうか。(「発達障害なんのその、それが僕の生きる道」、「わらって話せる、いまだから 高機能自閉症児の青春ドラマ」、「ボクもクレヨンしんちゃん ― LDの息子とともに歩んだ12年」)

 その後、康一さんは親元を遠く離れて、北海道の北星余市高校に通う。 
北星余市高校の年齢に関わりなく、不登校生の受入れをしている自由な校風が合ったのか、
康一さんは実家に帰ってくる度に、穏やかな顔となり、家の手伝いをしたり
情緒的な言葉が出てくるまでに変わっていったという。

   ・ 発達障害は周囲の環境との相互作用で変わる。環境が本人に良く合うかどうかが鍵。
   ・ 発達障害は、文化の違いとして捉えると許容しやすい。
     たとえば、“手で食べる”ことは、日本では行儀が悪いが、インドでは普通のこと。

 卒業後は暇な時間が苦痛で、自らホームセンターへ出向き、自転車の仕事はないか尋ねて
運よくトントン拍子にアルバイトが決った。昔から自転車など動く機械が好きな康一さんは、中学校時代にも
自転車屋さんに通い詰めていたという。凹凸があると言われる発達障害の好きな面が伸ばされた好例だろう。
 ところが、漢字が苦手なため引き継ぎが上手くいかない、接客が苦手など苦労もあり、
だんだんと働く時間も増える過程で、遅番や早番など生活が不規則になり、
決った生活パターンを好む高機能自閉症者にとっては生きづらくなってきて辞めてしまう。 

上野 康一さん

 
しかし、康一さんは暇な時間が嫌で、自ら働いてお金を稼ぎたいと、
景子さんに伴われてハローワークに行き、障害者合同説明会に出席。
高校時代に船舶免許を取得していた康一さんは、㈱住友重機械マリンエンジニアリングの面接に臨む。
会社側はフォークリフトやクレーン操作ができる運搬業務を募集していたのだが、康一さんは、自転車を60分でバラし、90分で組み立てられることを自らアピールし、その前向きさとバイタリティー、手先の器用さが認められて、見事採用となる。

  
   ・ 面接では、意欲をアピールすること
   ・ やりたいことに固執せず柔軟性を持って臨むことも大切
   ・ 発達障害を理解してもらう上で、自分ができないこと、苦手なことなどの特性や症状、どのような配慮が必要かを
     具体的に伝える“サポートブック(リーフレット)”を作っておくと良い。
   ・ 就職の形としては、高校や大学の就職相談室、ハローワーク、就労支援専門会社、就職情報サイト、
     発達障害就労支援センターなど

 障害者雇用とは言っても、多くは身体障害や知的障害が多く、精神障害の募集については10%しかなかったという。

桑原 敏勝さん

入社以来、康一さんを指導してきた桑原敏勝さんの話では、
㈱住友重機械マリンエンジニアリングにおいても、発達障害者の雇用は初めてであった。初めは事務職を考えたが、漢字を書くのが苦手ということで、手先の器用さという適性に合った職場を用意した。
受入れに当たっては、職場で発達障害を理解するために皆で本を読む。いつでも教えられるような環境作りをする。などの
準備もしたが、基本的に仕事は本人のペースで。あとは現場の皆に任せて問題があれば挙げてもらい、
“配慮はするけれど、特別扱いはしない”という大変信頼感のあるスタンスで臨んだのは素晴らしい。

  “初めは手先よりも口だけが動いていた”と桑原さんが語るように、
康一さんは、現場のあちこちを尋ねては仕事の仕方を吸収し、溶接機械の修理に当たった。 
現在では、様々な壊れ方に対応し、柔軟に対処できるようになった。
さらには、故障原因を分析して溶接機械の改善提案をするなど、会社の予想を上回る活躍ぶりだ。
重い機械を運ぶのを先輩に手伝ってもらい、故障回数を半減する改善提案ができたことは大きな自信になったに違いない。
 “一緒に考えてくれる先輩がいるので、まだまだできる” と豪語する上野さんはとても頼もしく、
VTRで見た青年と同一人物とは思えない快活さがある。

   ・ 自閉症スペクトラムは一生成長し続ける。
   ・ 特性を活かす。自閉症はSWデバッグや校正が得意。LDは書けないならPCで、
     計算できないなら電卓で補える。ADHDは発想がユニーク。
   ・ 企業は特性を活かしたチャンスを与え、両方がメリットとなるように。
   ・ 何よりも本人の意欲とチャレンジが大切。
   ・ 待っているだけでは見つからないので、まずやってみる。 3ケ月トライアルの活用。

 最後に景子さんは、
     “小中学校の成績は当てにならない。できないことに拘らず、できることを伸ばして欲しい。
      悩みは一人で抱えずに共有し、お母さんは、ご自分の楽しみもつくって欲しい” 
  と呼びかけて終わった。

 

                                        写真提供 :社会福祉法人 NHK厚生文化事業団
                                     文    :高田 敦子