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「普通学級の気になる児童への理解と対応 クラスで困っている発達障害のある子に教師ができること」( 才能開発教育研究財団)

2012年10月21日

2012年10月21日、五反田の学研本社ビルで行われた第2回特別支援教育講演会「普通学級の気になる児童への理解と対応
クラスで困っている発達障害のある子に教師ができること」に参加した。

日曜日の昼間という時間帯にも関わらず、幼稚園から大学までの多くの先生方が100名ほどが会場を埋め尽くした。
参加費用は自腹という先生や、地方からいらした若い先生、今後の対策のための情報収集にいらした管理職の方までも
いらっしゃった。向上心のあるしっかりした先生方がこんなにも存在するというは嬉しい思いがする。

 

主催は公益財団法人 才能開発教育研究財団。株式会社学習研究社の出捐によりS.42年に設立された財団である。
会場には、共催である株式会社学研教育みらいの教材や書籍の販売コーナーが設置されていた。

講演の内容は、ディスレクシア当事者である大工さんの体験談を皮切りに、特別支援学級の熱意ある先生方によるiPadの活用事例や
工夫された自作教材の紹介、ニューヨークで視聴覚臨床教育に従事される先生のキリリとした講義など、合計5つ。
iPadや手作り教材を実際に手に取って触れるワークショップ的体験もあり、3時間はあっという間に過ぎてしまった。

中でもiPadを活用された井上先生による、”読上げテスト”は大変画期的なものであった。
これは、読むことが苦手でテストができなかった読字困難症の児童が、”Paintone”と”おしゃべり絵本”というアプリを
使い文章題や設問を読上げによって解くことで、みんなと同じようにテストを終えることができるようになったという
取り組みである。(詳細は後述)

 

 また、ニューヨークでご活躍されているカニングハム久子先生のお話は、最後を飾るに相応しいスパイスの効いたお話で、
筆者はその翌週も講演を聞くために久子先生の”追っかけ”になった。

今回の5つの講演内容は、以下の通り。
3)4)については、実際にiPadや手作り教材を手に取って使うワークショップも行われた。

1)「自分がディスレクシア(識字障害者)だと知る前・知った後 私の43年+7年」
   (井上智氏)
2)「学習意欲をはぐくむには」
   (小林倫代氏 国立特別支援教育研究所 教育支援部 上席総括研究員)
3)「読み・書きに困難を示す子供達へのiPadを使っての指導事例」
   (井上賞子先生 島根県安来市立赤江小学校教諭、特別支援教育士)
4)「教材の使い方を考える」〜目の前にいる子どもの学びやすさをめざして
   (杉本陽子先生 福岡県飯塚市立飯塚小学校教諭、特別支援教育士)
5)「脳から見たLDの特徴と対応」
   (カニングハム久子氏(日米教育関連機関の教育コンサルタントおよびコミュニケーション・セラピスト)

 

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以下は筆者の備忘録です。講演内容をもっと知りたい方はどうぞ。

1)「自分がディスレクシア(識字障害者)だと知る前・知った後 私の43年+7年」

井上智 氏

島根県の大工職人でいっらしゃる井上智さん(50)は、小中学生の頃から
「聞くことは解るが、読み書きができない」という悩みを抱えてきた。
学びたいという気持ちがあるのに、「何回言うたらわかんねん!」と叱られ、
「解るけれど読み書きの出力ができない」ことのもどかしさや、授業中に当てられることのストレスを
長年感じていた。教室の後ろにいつも立たされていた辛い想い出もあったが、理解のある先生に恵まれ、
勉強が楽しくできた時期もあったという。

今でも大工職人として働く中で、言われたことをメモに取れない、文章をすらすら読めないなどの
問題を現在も抱えているが、自分なりの記号でメモを取るなど工夫されている。
最近ではiPhoneやiPadの音声アシスタント機能Siriを使って、音声メモ・メール・スケジュール管理・
アラームなどを活用したり、一太郎の読上げ機能でニュースを聞いたり、読書をしている。
こうしたIT機器を使い自分に合った学び方をすることで、今までは考えられなかった資格試験にも
見事合格することができ、自信につながったという。

43歳の時に、ディスレクシアだと知り、もっと早くに解っていれば、それに対する教育支援もあり
選択肢ももっとあったはず。という思いから、地域の問題を抱えた子供の就労教育支援活動にも
力を注いでいる。(アイビー 就労教育支援団体)

 

2)「学習意欲をはぐくむには」

学習意欲は、内発的学習意欲(自発的・学習が目標)と外発的学習意欲(外発的・学習は手段)に分けられる。
この”内発的学習意欲”は、予め外的報酬を約束してからそれを与えられると、当初持っていた意欲を低下させてしまうことが
あるという実験結果を紹介。さらには、報酬を与えられる人が与える人をどう思っているかでも結果は異なると指摘し、
学習意欲を育てる工夫を紹介した。

3)「読み・書きに困難を示す子供達へのiPadを使っての指導事例」

井上賞子先生

ミネラルウォーターの美味しい水の水源地が傍にあるため、
まるで蛇口を捻ると”いろはす”が出てくるようなと、初っ端から笑いをとった楽しいプレゼン。
島根県安来市の公立小学校の特別支援学級教諭 井上賞子先生が、iPadを活用した学習指導を披露。
井上先生は、それまでにもDSを取りいれた経験があり、タッチパネルの有効性を感じていた。
魔法のふでばこプロジェクト”を知って応募し、iPadを無償提供してもらう。
手軽で豊富なアプリ、おえかき、ひらがな、カタカナ、漢字、なぞりがき、算数などを使って、
読み・書きで苦労している子どもが学びやすい工夫をされている。

たとえば、ひらがなが上手く書けない一年生の子どもに、”おえかキロク”を使って文字を書く過程を
記録。予想のつかなかった書き方を発見することで、文字の繋がりを捉えづらいという特徴を知る。
文字を構成する要素を認識できるよう”ナゾルート”、書き順や線の方向性を練習するために”モジルート”を使い、
書く練習に取り組んだ。発達障害児の多感覚を上手く活かし、視覚や聴覚を使ったアプリの楽しい遊び感覚も取りいれて、
繰返し練習することで、ひらがなはほぼ書けるようになったという。

漢字学習では、辞書アプリ”大辞林”の手書き入力を利用して、自分で調べることを進んでできるようになり、
工夫したプリントを使った指導等により、漢字使用率が上がった例も紹介。
さらには、”i暗記”を使った自作漢字カードにより、読めなかった漢字・熟語を減らしていったケースでは、
iPadを家庭学習にも使用し、自分で調べてできるようになることで自信が生まれ、学習意欲も高まったという。

また、文字を読むことが苦手でテストが時間内に終わらないケースでは(教師が読上げるとすらすら解ける)
アプリで読上げてテストに取り組む工夫を披露。
まず”Paintone“を使ったテストの設問を音声化。本来は「音の鳴る絵」を作ることができるお絵かき+音づくりアプリであるが、
その活用法は画期的だ。
  (1)テスト用紙を撮影し、
  (2)アイコンを作成して設問を読上げて録音、
  (3)テスト用紙の設問に(2)のアイコンを配置。

こうすることで、iPad上に表示されたテスト用紙のアイコンを押すと、設問が読み上げられるのだ。

次に問題文については、音声サイズ上の問題で、”おしゃべり絵本”を使用。
  (1)テスト用紙を撮影し、
  (2)段落ごとに枠を囲い、
  (3)音声をつけることで、段落ごとに音声を聞くことができる。

この児童は、iPadの2つのアプリをすぐに使い分け、テストに一人で取り組むことで、
みんなと同じ時間でテストを終えられるようになったという。

勉強の理解ができないのではなく、一般的なテスト方法がこの子どもに合っていなかったということである。
この取組みは非常に手間もかかり大変な作業だと想像するが(井上先生は簡単にできるので他の場面でも活用したいとおっしゃる、さすが情熱のある先生は違う!)、ディスレクシアの子どもに合わせてカスタマイズされた素晴らしい学習方法である。
余談であるが、井上先生は前出の井上智さんの奥様だとか。

4)「教材の使い方を考える」

杉本陽子先生

福岡の公立小学校のLD・ADHD通級指導教室教諭の杉本陽子先生によるワークショップ形式の教材紹介。

数字カード
  数の概念がつかみにくい子ども向けの手作りカード。
  同じ2でも数字、読み方、指の数、ドット、イラストなど表現形式を変えてある。
  このカードを使って、カルタ、カード集め、大小ゲームなどをして遊ぶことによって、
  数の概念を身につける。
かけ算九九カードゲーム
  掛け算が苦手な子ども向けの教材。
  身近にある5個入りドーナツ、8個入りのたこ焼きなど拘ったイラストが書かれた絵カード、
  式カード、答えカード、唱え方カードなどを使ってゲーム感覚で九九の意味理解を図る。
手作り教材
  イメージしやすいようにチョコレート、オニギリ、バナナなど本物に似せて視覚化された教材。
  100円ショップの素材や紙粘土などを使って、子どもが楽しんで学べるよう手作りされている。
  リアルな物の方が頭に入り易い子には効果的という。

5)「脳から見たLDの特徴と対応」

カニングハム久子先生

カニングハム久子先生による脳についてのお話。
人間の脳の発達には、
  ・脳細胞の増殖と間引き(誕生一カ月くらいから)
  ・シナプシスの発達と間引き(8歳から、思春期がピーク)
がある。この間引き量が多すぎても少なすぎても健全な成長は望めない。

また脳は、後頭部から前頭葉へ向けて20年くらいかけて成熟する。
前頭葉は3歳までに大人の脳の90%発達するため、3歳までの養育がいかに大切か。

LDの原因は、中枢神経系、大脳皮質系のトラブル(特に視・聴覚情報処理能力)。
ADHDの原因は、脳内ドーパミン不足(鬱、多動)。前頭葉のサイズが小さい。
ADHDは、6つのタイプに分けられる。(Daniel G. Amen 「わかっているのにできない脳」)

このふたつは併発されることが多いが、どちらが主原因かを見極めることが大切で、
本来はLDなのに学習が上手くいかないため多動になりADHDと診断されると、薬物療法による副作用に苦しむことになる。

聴覚情報処理能力の特徴
  識別能力・方向判別能力・構成能力がある。
  LD児は音の認識に普通児の10〜100倍の時間がかかると言われている。

・識別能力:周囲の音に気が散り易い。注意散漫。
・方向判別能力:名前を呼ばれても振り向かない。どこから声が発せられたのかが瞬時に分かりにくいから。
         後ろから注意してもダメ。目でしっかり捕らえさせる。教師の傍に席を置く。
・構成能力:似たような音で構成される言葉の区別が聞き取りにくい。単語の言い間違い。
                たまご→たがも。なにぬねのが聞き取りにくい。など構音障害のような話し方。
                助詞の使い方を間違えやすい。語と句がばらばらに聞こえるので、文意が組み立てられない。
               ”ka”と”tsu”など音の響きで認識させるスピーチセラピストのアプローチや音素の聞き取りや呼吸法が有効。
               ”じゅずをふたえにしてくびにかける” がどう聞こえるか。など、実体験を紹介。
                これは、数珠を二重にして首にかける” ではなく、”数珠を二重にし、手首にかける”が正しい。

視覚情報処理能力の特徴
  視力とは違う。大脳皮質レベルでのトラブル。
  大まかなことを捉える細胞と詳細を捉える細胞が合体してイメージが統合されて視覚として認識される。
  この統合のスピードの差異と、細胞の大きさが小さいことが原因と言われている。
  字があちこち飛ぶ現象などは、ブルーシートを活用することで80%改善される。

識別機能:漢字が団子のような塊に見える。”し”と”つ”、”な”と”た”の区別ができない。
・前後庭認識機能:前景と背景の区別がつかない。TVの影響。信号無視、良くつまずく。
         3Dで認識できない。ハイハイでをしなかった赤ん坊が発達障害になるケースが多い。
                        ハイハイは身体で奥行、3Dを学ぶ行為。
                        ノートやドリルにキャラクターがあると疲れる。
・文字校正機能:語の全体構成を認識できない。文の復元もできない。
                     筆跡の違いが混乱を招く。語を音に結び付けることが大事。パズルで鍛える。
・物体構成:全体像より末端に注意が向く。顔の一部、輪郭などが欠けた絵。屋根のない家の絵。

  子どもは自分の視覚異常を認識していないため、周囲も分からない。それを認識せずに叱ってばかりいては
子どもをストレスにさらすだけ。視覚情報処理能力の疑似体験を通して、不本意な環境の中に生きているLD児童の気持ちを
少しでも実感して欲しいと訴えた。

 

こうした子どもは視覚と聴覚のどちらが強いかを判断して、強い方に重点を置いて接する。
たとえば、視覚情報処理能力が強いなら、視覚(見せて)→聴覚(言って聞かせる)→これを繰返す。

小児科医・精神科医は、正しい診断をすることが大事。多動に見えるからと言ってADHDとは限らない。
薬だけでなく行動療法を併用し、多くの聞き取りが必要。
たとえば、扁桃腺切除による睡眠不足によるイライラが多動を招き、扁桃腺手術により治まったケース。
また、食後20分で多動になる場合は、アレルギー症状による多動であるケースなども紹介。

最後に、
叱っても、一番辛いのは子ども。生体上の特徴だと理解して、その特徴を補い潜在能力を引き出して欲しい。と結んだ。

 

*掲載の写真は、株式会社学研教育みらい(撮影/清水紘子さん)より提供いただきました。

 

文 高田敦子